4. ミクロの分析結果
ここまでネットワークをマクロの視点から分析してきた。次にミクロ的な観点から、各業種におけるナラティブ 40 の相違を分析する。この分析の目的は、指定時点における特定キーワードを起点とするナラティブの業種間の違いを明らかにすることである。同時に、Graph RAGやKnowledge Graph RAGを構築する上で、本コラムで作成したネットワークの有用性を検証するという目的もある。
ここでは昨今の物価高に着目し、特定キーワードを起点として、景気判断の「1」~「5」に至るまで五つのエッジで構成されるパスを分析対象とする。しかし、この方法では、業種によってはそうしたパスが全く存在しない場合や、非常に多くのパスが抽出される場合がある。特に後者の場合、個々のパスの精査に多大な労力を要する。
そこで本コラムでは、パスに含まれる情報を用いて順位付けを行った上位の結果を表示する。具体的には、パスが複数のエッジの連なりによって構成され、各エッジには少なくとも一つ以上の裏付けとなる景気ウォッチャー調査の回答が存在することから、回答に付随する時点や業種の情報を活用する方法を採用した。
まず、エッジごとに裏付けとなる回答の時点情報に注目し、指定時点との最小時間差をそのパスの時間として設定した。このパスの時間に対して指定時点からの時間的距離に応じて指数関数的に減少するウェイトを設定し、エッジごとにウェイトを算出した。各パスのウェイトは、パスを構築する五つのエッジのウェイトの平均値として定義した。指定時点になるべく近いパスの方が、その時点におけるナラティブをより正確に反映していると考えられるため、ウェイトの大きい順に並び替える。次に、パスを構築する五つのエッジにおいて指定業種以外の回答の使用を最大一つまでに制限し、指定業種の回答のみで構成されるパスを優先的に配置した。これら二つの基準で大部分の順位付けが可能となるが、順位の曖昧さが残る可能性を考慮し、各エッジを支える回答数の平均値も補助的な情報として付加した。これらの情報を活用することで、特定時点における特定のキーワードに関する業種別ナラティブの相違を効率的に把握することが可能となる。
ここでは、2024年12月31日を基準時点とし、次の物価高に関するキーワードに注目した。「消費者の節約志向」、「財布のひもは固くなる」、「買上点数が減少」、「消費者の買い控えが顕著」、「来客数が十分に戻っていない」、「生活防衛を意識する動き」、「消費が低迷」、「来客数の減少が止まらない」、「可処分所得は大して増えていない」、「客足が遠のく」の計10個である。これらは各ノードについて大規模言語モデルに消費動向との関係を尋ねた結果、関係があると判断されたもののうち、出現回数が多かった上位10件に該当する。
これらのキーワードから出発して5ステップで景気判断にたどり着くパスを、上記の基準に基づいて並び替え、いくつかの業種についてまとめたものがコラム1-1-5⑥図である。この図から分かることは、どの業種も「消費者の節約志向」という共通の課題に直面していることである。各業種の経営者の回答からは、「来客数が十分に戻っていない」や「売上の減少」といった具体的な影響が浮かび上がってきた。
しかし、この共通した逆風の中で、各業種は異なる対応策を模索している。「食料品製造業」では、国内市場の縮小に対して「東南アジア向けの輸出が増加」しており、新たな成長の可能性を見いだしている。この動きは、他の業種とは一線を画す前向きな戦略として注目される。一方、「都市型ホテル」は「販売価格に転嫁できていない」状況に直面し、「経営が大変」な状況が続いている。また、小売業界内部でも、業態による違いが顕著である。「百貨店」では「消費分野の2極化」という構造変化への対応を迫られる一方、「スーパー」では「買上点数が減少」という課題に直面している。「コンビニ」は、「たばこの買い控えが続いている」や「フランチャイズシステムの維持に不安がある」という独自の課題を抱えている。他方で、「金融業」は、これらの消費動向をマクロの視点から注視しており、その分析から「先行き不透明感がますます強くなる」という認識を示している。この見方は、多くの業種で共有されている「景気がまだまだ良くない」という認識とも呼応している。
40 ここでの「ナラティブ」とは、「物語」や「叙述」などと訳され、出来事や状況を伝える一連のストーリーを意味する。すなわち、本コラムにおける「ナラティブ」とは、ノード同士の因果関係などから構築された、回答者の景況感の認識に至る一連のストーリー構造を表す。